6月
都区内パス-山手線と中央線再取材の旅5.
2026-06-01
テーマ:鉄道旅行記
5.中央緩行線の駅再取材-荻窪と西荻窪
新宿で東口を取材してから改札に入場し、
ここからはまず中央・総武緩行線の取材を先行することにした。
中央・総武緩行線でのターゲット先は、
荻窪、西荻窪、四谷、御茶ノ水で、
まずは新宿から各駅停車・西行に乗り込む。
乗った電車が08:19発の中野止まりだったため、
ここで08:25発の東京メトロ東西線からの電車で荻窪に行く。

荻窪駅は島式2面4線の地上ホームを有する、
中央本線の駅でり、中央・総武緩行線に属している。
1番線は中央・総武緩行線西行、三鷹方面が使用、
2番線は中央・総武緩行線東行千葉方面が使用、
また中野から東京メトロ東西線に直通する列車も使用する。
3番線は中央快速線下り、高尾方面が使用、
4番線は中央快速線上り、東京方面が使用する。

甲武鉄道が新宿から立川まで開業させた、
1889年4月11日に荻窪には駅はなかった。
少し遅れて1891年12月21日に開業した。
傾斜地に駅が設置されているため、
上り方新宿方面は駅舎が地下になるのに対し、
下り方三鷹方面は高架ホームになり、
そのため南口は地下階段などでホームにアクセスするのに対し、
西口北側は駅から階段を借りて地上に至る。
また、東京メトロ丸ノ内線が島式1面2線の地下ホームがあり、
南口はJRと東京メトロと出入口を共有している。
荻窪で駅取材して08:57発の東西線直通列車に乗り、
隣の西荻窪まで行き、ここで駅取材する。

JR西荻窪駅は島式2面4線の高架ホームを有する、
中央本線の駅でり、中央・総武緩行線に属している。
1番線は中央・総武緩行線西行、三鷹方面が使用、
2番線は中央・総武緩行線東行千葉方面が使用、
また中野から東京メトロ東西線に直通する列車も使用する。
3番線は中央快速線下り、高尾方面が使用、
4番線は中央快速線上り、東京方面が使用する。
中央快速線は平日はのみの停車で、休日は通過するため、
休日は3番線、4番線は閉鎖される。
甲武鉄道が新宿から立川まで開業させた、
1889年4月11日に荻窪には駅はなかった。
請願駅として1922年7月15日に開業した。
1967年10月29日に高架化された。
1969年4月6日に複々線化され、
2日後の4月8日には中央・総武緩行線が荻窪から延伸してきた。
西荻窪は駅前に雑然と商店街が広がる街で、
北口はまだいいが南口はバスが入れないほどの狭さである。
北口にも駅前にはバスが横付けするだけでロータリーはない。
2003年11月30日に、
“みんなのえき中央線第2弾”としてリニューアルされた。
「ディラ西荻窪」として7つの店舗が新たにオープンした。
都区内パス-山手線と中央線再取材の旅6.
2026-06-02
テーマ:鉄道旅行記
6.中央緩行線の駅再取材-四谷と御茶ノ水
西荻窪駅で駅取材をして、09:16発の津田沼行に乗り込む。
27分の乗車時間で四ッ谷に到着する。

四ッ谷駅は島式2面4線の地上ホームを有する、
中央本線の駅でり、中央・総武緩行線に属している。
1番線は中央快速線上り、東京方面が使用
2番線は中央快速線下り、高尾方面が使用する。
3番線は中央・総武緩行線東行千葉方面が使用、
4番線は中央・総武緩行線西行、三鷹方面が使用する。

四ッ谷に駅が出来たのは甲武鉄道が1894年10月19日に、
新宿から牛込(現・廃止)まで延伸のと同時である。
1959年3月15日には営団地下鉄(現・東京メトロ)丸ノ内線が開業、
1996年3月26日には営団地下鉄南北線も開業した。

駅ビル「アトレ四谷」が出来たのは1990年9月28日で、
2012年3月中旬に現在の形に改装された。

四谷で取材して、10:04発の快速線で御茶ノ水まで行く。

御茶ノ水駅は島式2面4線の地上ホームを有する、
中央本線の駅でり、中央・総武緩行線に属している。
方面別ホームが採用されており、
1番線は中央快速線下り、高尾方面が使用、
2番線は中央・総武緩行線西行、三鷹方面が使用する。
3番線は中央・総武緩行線東行千葉方面が使用、
4番線は中央快速線上り、東京方面が使用する。
御茶ノ水から中央・総武緩行線秋葉原方面は、
中央快速線をオーバーパスするため、
秋葉原方のホームは段差が出来ている。

御茶ノ水に駅が出来たのは甲武鉄道が1904年12月31日に、
飯田町から御茶ノ水まで延伸された時に終着駅として開業した。
開業時は現在地より新宿より、御茶ノ水橋の手前あたりで、
現在の駅前交番あたりに駅舎があった。
御茶ノ水は開業当時から電化複線で開業していて、
当時は相対式2面2線構造だった。
1932年7月1日に総武本線が両国から乗り入れ、
現在地に新駅舎が完成した。
中央・総武緩行線は早朝、深夜の時間帯は直通運転せず、
総武緩行線は千葉~御茶ノ水の区間で運転、
御茶ノ水で折り返し運転するために、
2番線と3番線の間の引上げ線で折り返ししていた。
2020年3月14日のダイヤ改正とともに、
早朝、深夜の時間帯も直通運転となり、
原則として折り返しはなくなった。

聖橋口は2023年12月3日にエキナカなどを備えた、
新しい駅舎が完成した。
今回のお茶の水訪問はこれが取材したかった。

御茶ノ水駅はさだまさしの「檸檬」に唄われた街で、
東京を出た中央快速線と、
秋葉原から来た中央・総武緩行線が合流する駅でもある。
ホームは神田川沿いに設置されていて、
西側に御茶ノ水橋、東側に聖橋が設置されている。
東京メトロ丸ノ内線がJR御茶ノ水駅東側で神田川を渡り、
神田川対岸に駅がある。
本郷通りが聖橋側にあり、
その地下には営団地下鉄千代田線が走っていて、
駅南口に新御茶ノ水がある。
聖橋口出口専用臨時改札口が設置されていて、
平日(月~金)、8:00~9:30のみ使用される。
個人的にも大学時代のアルバイトで神保町の書店に通っていたため、
この駅はほぼ毎日使っていた思い出深い駅である。
都区内パス-山手線と中央線再取材の旅7.
2026-06-03
テーマ:鉄道旅行記
7.秋葉原の乗り換えと五反田の昼食
御茶ノ水で駅取材して、中央・総武緩行線で秋葉原に向かう。
中央快速線上り方面は直進する中央・総武緩行線をアンダーパスする。
そのため、御茶ノ水駅のホームでは、
中央・総武緩行線東行千葉方面が少し上に向かっているのに対し、
中央快速線上り東京方面は少し下っている。

御茶ノ水と秋葉原との距離が約900mしかなく、
そのため、ホーム上で既に段差が必要になっている。
秋葉原駅は島式2面4線相対式2面2線の、
計4面6線の高架ホームを有する東北本線の駅である。
島式2面4線の高架ホームは山手線及び京浜東北線のホームであり、
正式な所属が東北本線となる。
1番線は京浜東北線北行、2番線は山手線内回り、
3番線は京浜東北線南行、4番線は京浜東北線南行が使用する。
山手線と京浜東北線は方面別にホームが分けられており、
時間帯によっては京浜東北線が快速運転され乗換駅として機能する。

相対式2面2線の高架ホームは総武線各駅停車のホームであり、
正式な所属は総武本線の支線となる。
5番線は御茶ノ水方面、6番線は千葉方面が使用、また一部特急も停車する。
総武本線の特急は基本的に快速線を使用するが、
錦糸町から東京トンネルに入り横須賀線と直通する線形となっており、
中央線と繋がっているは緩行線のみなので、
錦糸町を出たところから緩行線に転線して、
御茶ノ水から再び中央快速線に転線する。
山手線、京浜東北線の高架ホームと、
ほぼ垂直に総武緩行線のホームが交差する。
今回は乗り換えのみで下車しなかったが、
電気街への出入口である電気街口のほか、
反対側は昭和口となっており、
昭和通りの直下には東京メトロ地下鉄日比谷線が接続し、
また首都圏新都市鉄道「つくばエクスプレス」も地下で接続する。
秋葉原駅付近は江戸時代に火除地として、
家屋のない原っぱとなっていた。
火除地とは火災の際に延焼防止のために、
意図的に空き地を作ることで大火を防ぐもので、
明治天皇の勅命でこの地に鎮火社が建立され、
のちに防火の神として信仰のある秋葉大権現に因み秋葉社となった。
秋葉社のある原っぱということで、
「あきばのはら」が転じて「あきはばら」となった。
駅周辺は現在の東京電機大学の学生向けに、
真空管や電子パーツを売る店が集まったのが電気街の始まりで、
その後流行がオーディオからパソコンに移り、
またオタク文化やメイド喫茶などその時代のサブカルチャーが集中する。
オタク文化の流からかAKB48や地下アイドルなども、
この地に集中する傾向がある。
秋葉原で山手線に乗り換え、五反田まで行く。
よく考えてみれば、お茶の水から中央線に乗り換え、
神田で乗り換えても良かった気がする。

五反田駅は島式1面2線の高架ホームを有する山手線の駅である。
1番線は内回り東京方面、2番線は外回り新宿方面が使用する。
国道1号線の下には都営地下鉄浅草線が走っている。
また東急池上線が起点駅として接続しており、
こちらも島式1面2線の高架ホームを有するが、
山手線より更に高い位置に設置されており、
五反田東急スクエア4階と直結している。
山手線より高い位置にホームがあるのは、
この先白金方面への延伸計画があったためである。
五反田に駅が出来たのは1911年10月15日で、
1928年6月17日には池上電気鉄道(現・東急池上線)が開業した。
1968年11月15日には都営地下鉄1号線(現・浅草線)の駅も開業した。
東口で出て、ここで予定していた「とんかつ神楽坂さくら五反田店」で、
昼食を喰うことにしていたのだが、生来の方向音痴が発動し、
地図をプリントアウトして持参したにもかかわらず、
たどり着けないという結果になった。
とほほ・・・。
探している途中で黄色い看板を見つけ、
急遽予定を変更して「Hot Spoon五反田店」でカレーを喰うことにした。
都区内パス-山手線と中央線再取材の旅8.
2026-06-04
テーマ:鉄道旅行記
8.山手線の駅再取材-高輪ゲートウェイと浜松町
五反田で昼食を喰ってから駅取材して、
山手線・内回りで高輪ゲートウェイに行く。

高輪ゲートウエイは島式2面4線の地上ホームを有する、
山手線及び京浜東北線の駅である。
橋上駅舎化され、改札からペデストリアンデッキに出る形になっている。
1番線は山手線内回り、2番線は山手線外回り、
3番線は京浜東北線北行、4番線は京浜東北線南行が使用する。
品川駅同様、方面別にはなっておらず、路線別ホームとなっている。

開業にあたって東京車両センターの用地の一部を流用、
東京オリンピックに合わせて2020年3月14日に暫定開業させた。

暫定開業時は駅前は工事中だったが、
2025年3月27日に隣接するTAKANAWA GATEWAY CITY第1期として、
THE LINKPILLAR 1南北両棟が街びらき、
暫定開業だった高輪ゲートウェイも全面開業した。

駅前のペデストリアンデッキには噴水があり、
日曜日だったため、多くの親子連れが愉しんでいた。

Gateway Park内の移動で利用される立ち乗り型自動走行車iino。
乗り場には行列が出来ていて、
遊園地の乗り物みたいな感じになっていた。

駅内にはEki Parkで、子供たちが遊んでいた。

TAKANAWA GATEWAY CITY第2期は2026年春の完成予定で、
そのタイミングでまた訪問してみたい。
高輪ゲートウェイで駅取材を切り上げ、
山手線・内回りで浜松町まで行く。

浜松町は島式2面4線の高架ホームを有する、
山手線、及び京浜東北線の駅である。
1番線は京浜東北線北行、大宮方面、
2番線は山手線内回り、東京、上野方面が使用する。
3番線は山手線外回り、品川、渋谷方面が使用、
4番線は京浜東北線南行、横浜方面が使用する。
方面別ホームが採用されている。
東海道本線の所属だが、東海道線にホームはない。

東京タワーの最寄り駅で、
ゆりかもめ開業前は竹芝桟橋への最寄り駅でもあった。
羽田空港へのアクセス線である東京モノレールと接続、
2002年になって東京モノレールの経営権を、
JR東日本が持つようになってから、
昼間快速運転をしている京浜東北線が停車するようになった。
南口からは通過する東海道線や東海道新幹線の線路を跨ぐ跨線橋が、
都立旧芝離宮恩賜公園、東京ガス本社、東芝浜松町ビルまで延びている。
都区内パス-山手線と中央線再取材の旅9.
2026-06-05
テーマ:鉄道旅行記
9.山手線の駅再取材-新橋と御徒町
浜松町で駅取材して、山手線内回りで隣の新橋に移動する。
JR新橋駅は島式3面6線の高架ホームを有する、
東海道線、山手線、京浜東北線の駅である。
1番線は東海道線下り熱海方面、
2番線は東海道線上り東京方面、及び上野東京ラインが使用する。
3番線は京浜東北線南行、横浜方面、
4番線は山手線外回り、品川、渋谷方面が使用する。
5番線は山手線内回り、東京、上野方面が使用、
6番線は京浜東北線北行、大宮方面が使用する。
山手線と京浜東北線は方面別ホームとなっている。
京浜東北線が快速運転時には新橋は通過する。
また、地下には横須賀線が島式1面2線で接続し、
1番線は横須賀線下り、久里浜方面、
2番線は湯濾す架線上り、東京方面、直通する総武快速線が使用、
地上の高架ホームとは連番になっていない。

東海道本線が1872年10月14日に、
本開業した最初の敷設区間は新橋から横浜だが、
この時の“新橋”は現在地ではなく、現在の汐留の辺りである。
現在地に駅が出来たのは1909年12月16日で、
この時は「烏森」の駅名で開業した。
1914年12月20日に東京駅が開業したのに伴い、
駅名を烏森から「新橋」に変更、
元“新橋”は「汐留」に変更された。
横須賀線の東京から横浜までの区間は、
もともと東海道線に乗り入れていたが、
1976年10月1日にSM分離により東京から品川までが地下化され、
これに伴って新橋も地下に横須賀線のホームが設置された。

汐留口にはゆりかもめの駅があり、
お台場などの海浜地区を通って有明まで接続している。

日比谷口SL広場にはC11形292号機が静態保存されている。
また横須賀・総武快速線乗り入れを記念して、
汐留口にはC58形425号機の第2動輪を、
北海道稲穂機関区から譲り受けて展示している。
新橋で駅取材して山手線内回りで、
東京を越えて御徒町まで行く。

御徒町駅は島式2面4線の高架ホームを有する、
東北本線の駅であるが、所属路線は東北本線だが、
東北本線のホームはなく、
山手線と京浜東北線のみにホームを有する。
1番線は京浜東北線南行、横浜方面、
2番線は山手線外回り、品川、渋谷方面が使用する。
3番線は山手線内回り、東京、上野方面が使用、
4番線は京浜東北線北行、大宮方面が使用する。
山手線と京浜東北線は方面別ホームとなっている。
京浜東北線が快速運転時には新橋は通過する。

御徒町に駅が出来たのは1925年11月1日で、
山手線の環状運転開始とともに開業した。
京浜東北線が快速運転する時間帯は御徒町は通過する。
上野から御徒町までの高架下は「アメヤ横町」として全国的にも有名である。
独立した駅舎はなく、駅機能は高架下を利用して造られている。
駅名の御徒町はかつてのこの地域の地名から来ているが、
現在の地名は変更されいる。
地名の由来となった“御徒”とは、
江戸城や将軍の護衛を行う“御徒衆”のことで、
騎乗が許可されない下級武士のことであり、
彼らが多く住んでいた場所が由来となっている。
都区内パス-山手線と中央線再取材の旅10.
2026-06-06
テーマ:鉄道旅行記
10.山手線の駅再取材-上野と日暮里
御徒町で駅取材して、山手線・内回りで2つ先の上野に行く。
上野駅は公園口がリニューアルされていて、
それを取材したかったのだ。

上野駅は島式4面8線と櫛形2面5線の、
6面12線の高架ホーム、頭端式4面5線の地上ホームの、
計10面17線のホームを有する東北本線の駅である。
高架ホームの1番線は京浜東北線北行、大宮方面が使用、
2番線は山手線内回り、池袋、新宿方面が使用する。
3番線は外回り、東京、品川方面が使用、
4番線は京浜東北線南行、横浜方面が使用する。
山手線と京浜東北線は方面別ホームとなっている。
5番線は東北本線の宇都宮線の愛称のある、
下り宇都宮方面、及び高崎線下り高崎方面が使用、
6番線は常磐線快速及び成田線直通列車が使用、
一部宇都宮線、高崎線も使用する。
7番線は上野東京ライン上り・南行が使用、
8番線は常磐線特急・下り方面が使用、
一部東京上野ライン上り。南行も使用する。
9番線から12番線は常磐線快速及び成田線下りが使用する。
在来線高架ホームは愛称で「高いホーム」とも呼ばれる。
地上ホームは頭端式13番線から17番線は、
宇都宮線、高崎線の下り方面のみが使用、
16番線、17番線は常磐線特急が使用する。
在来線地上ホームは愛称で「低いホーム」とも呼ばれる。
かつて、上野発着の寝台特急は13番線を主に使っていた。
現在は13番線の一部に、
「TRAIN SUITE 四季島」専用のホームが設置されている。
東北・上越・北陸新幹線は地下に島式2面4線のホームを有する。
19番線、20番線は東北・上越・北陸新幹線下り方面が使用、
21番線、22番線は東北・上越・北陸新幹線上り方面が使用する。
新幹線ホームは在来線からの連番となっているが、
在来線の18番ホームは1999年9月11日に廃止になっている。
上野駅は現在の東北本線を敷設した日本鉄道が、
1883年7月28日に上野から熊谷までの区間を開業させた時に、
起点駅として同時に開業した。
1890年11月1日には上野から秋葉原まで、
貨物専用線が開業し、秋葉原から神田川の水運に荷物を積み換えた。
新幹線の地下ホームが開業したのは、
1985年3月14日である。
石川さゆりの「津軽海峡冬景色」の歌い出しにもあるように、
上野東京ラインが開業するまで東北方面への玄関口の駅で、
東北・上越新幹線開業以前は、
多くの特急や寝台特急が上野駅から出発していた。
場所の問題から東北・上越新幹線のホームは地下に設置されている。
大宮から出た東北・上越新幹線は日暮里当たりで地下に入り、
秋葉原当たりで地上に出て東京駅に至る。
新幹線の駅では唯一の地下ホームである。
2002年2月22日に「みんなのえきプロジェクト」によって、
リニューアルされている。

上野駅の公園口は上野公園の横に出る改札口で、
上野動物園の最寄りの改札口である。

近くで馬に乗った軍服の男の銅像を見つけた。
上野公園は何度も行っているが、
ここに銅像があるのは初めて知った。
説明文によると、
小松宮彰仁親王銅像
台東区上野公園八番
彰仁親王は伏見宮邦家親王の第八王子。
安政五年(一八五八) 京都仁和寺に入って純仁法親王と称し、
慶応三年(一八六七) 勅命により二十二歳で還俗、仁和寺宮と改称した。
同四年一月の鳥羽・伏見の戦に、征討大将軍として参戦。
ついで奥羽会津征討越後口総督となり、 戊辰戦争に従軍した。
明治十年五月、西南戦争の負傷者救護団体として、
博愛社が創立されると、九月その総長に就任した。
同十五年には、小松宮彰仁親王と改称。
同二十年、博愛社が日本赤十字社と改名すると、
総裁として赤十字活動の発展に貢献した。
同三十六年二月十八日、五十八歳で没。
銅像は明治四十五年二月に建てられ、
同三月十八日、除幕式が挙行された。
作者は文展審査員の大熊氏廣。
『下谷區史』は当地に建てた理由について、
寛永寺最後の門跡・輪王寺宮公現法親王(のちの北白川宮能久親王)の
兄宮であったことに因んだのだろうと推察している。
平成八年七月
台東区教育委員会
上野から更に日暮里に行って駅取材する。
日暮里駅は島式3面6線の地上ホームを有する東北本線の駅である。
また常磐線の起点駅でもあるが、全ての列車が運行上、上野まで乗り入れる。
ホームの番線は京成電鉄と連番になっており、
京成本線の上り方面の地上ホーム単式1面1線が0番線、
下りホームの高架ホーム2面1線が1番線、2番線に付番されているため、
JRは3番線から12番線に付番される。
但し、東北本線(宇都宮線)及び高崎線にはホームがなく、
島式ホーム3番線は常磐線及び上野東京ライン直通列車の上り、
4番線は常磐線及び取手から成田線我孫子支線に直通する下りが使用、
5番線から8番線は日暮里を通過する宇都宮線、高崎線の上下線に付番される。
9番線から12番線の島式ホームは山手線、京浜東北線が方面別で使用し、
9番線は京浜東北線南行、10番線は山手線外回り東京方面、
11番線は山手線内回り新宿方面、12番線は京浜東北線北行が使用する。
東北本線は日本鉄道によって敷設された路線で、
上野から熊谷までの区間は1883年7月28日に開業したが、
この時点で日暮里駅は開業していなかった。
ここに駅が出来たのは1905年4月1日に、
日本鉄道海岸線(現・常磐線)が三河島から日暮里の区間が敷設され、
海岸線の起点駅として開業した。
日本鉄道はこの翌年の1906年11月1日に国有化され、
1909年10月12日の線路名称制定により東北本線の所属となった。
現在地に移転したのは1928年頃で、
1931年12月19日に京成電気軌道(現・京成電鉄本線)も開業した。
京成電鉄とJRは改札は別であるが、連絡橋でも結ばれている。
日暮里駅の所在地は東京都荒川区西日暮里に所在しており、
駅名は地名から来ているが、
地名の日暮里はこの地がかつて新堀村だったことに由来する。
江戸城を建設した太田道灌の家臣だった新堀玄蕃がこの地に住んでいて、
それが村名の由来するとする説がある。
表記が“日暮里”となったのは江戸時代で、
「一日中過ごしても飽きない里」という意味で、
「日暮らしの里」と呼ばれたことに由来する。
明治時代の1877年に地名として正式に「日暮里」となり、
のちに「西日暮里」と「東日暮里」に分かれてた。
西口新駅舎が2020年7月に完成した。

日暮里北口の道を渡った先には、JRと京成を一望できる歩道があり、
山手線、京浜東北線、東北・上越・北陸新幹線、宇都宮線、高崎線、
少し分岐する形で常磐線と京成本線が見渡せる。
京成本線の日暮里駅は上下線が2階建てになっている。
都区内パス-山手線と中央線再取材の旅11.
2026-06-07
テーマ:鉄道旅行記
11.品川の夕食と津田沼のかけそば-旅の終わり
日暮里で駅取材して、常磐線に乗り込んだ。
この時には全く気付いていなかったのだが、
日暮里は既に取材済みで、
行かなければならなかったのは西日暮里だった。
ちゃんちゃん・・・。
そんなこととは全く気付かずに、
体力的にも厳しくなってきたので、
ここで撤収することにした。
しかしまだ午後2時台だったため、
常磐線で上野まで行き、ここで少し駅取材を追加した。

上野駅の櫛形ホームには常磐線特急が停車していた。

よく見ると、デビュー当時のE653系の塗色を纏った、
E657系が停車していた。
この新型車両はE655系を継承した塗色だったが、
茨城デスティネーションに合わせて、
期間限定で変更されたようである。

このあと品川まで出て、予定していた、
「格安ビールと鉄鍋餃子3・6・5酒場品川店」で、
早めの夕食・・・というか、早すぎる晩酌を愉しむ。
少し飲み過ぎたが、16:44発の総武快速線直通の、
横須賀線・上総一ノ宮行に乗り津田沼まで行く。

酔いを醒ますために津田沼駅の「いろり庵きらく」で、
かけそば420円を喰う。
総武緩行線に乗り換えて帰宅する。
今回は結局、中央・総武緩行線の駅取材は完了したものの、
山手線に関しては日暮里から新宿までの南半分しか取材できなかった。
また、取材が甘かった駅もあり、再取材したいところもある。
2026年春には高輪ゲートウェイの駅前の第2期工事が完成する。
そのタイミングに合わせて、都区内パスを使った旅を企画したい。
都区内パス-山手線と中央線再取材の旅12.
2026-06-08
テーマ:鉄道旅行記
12.参考資料-山手線充当の新性能電車
山手線は1885年3月1日に、
日本鉄道によって品川線の名称で、
品川から赤羽の区間が開業したのに始まる。
この鉄道は日本鉄道が自社の鉄道路線である、
現在の東北本線や高崎線からの貨物列車を、
官設鉄道に繋げて横浜港に直接輸送するために敷設された路線で、
のちに設置される池袋までの区間が山手線となった。
その後、紆余曲折を経て環状運転となるのだが、
戦後、新性能電車が登場するまでは、
旧型電車が充当されていた。
1957年にモハ90系として登場した101系は、
最初、中央線に充当されたが、
その後、1961年9月には山手線にも充当された。
当時の塗色はカナリア色だった。
しかし駅間の短い山手線ではその性能を十分に発揮できず、
101系の改良型として電動車比率を落として、
設備への負荷を減らすなどの改良が加えられた103系が登場した。

※川越線充当時の103系ウグイス色
※撮影日時 2001/05/19 12:16:30
画像の103系は山手線10編成から、
4両編成に短編成化された3500番台のものである。
山手線用の103系は1963年12月に登場し、
1969年4月までに101系を置き換えていった。
余剰の101系はカナリア色のまま総武線に転籍した。
そこで山手線の103系はウグイス色とした。
103系は国鉄分割民営化後の1988年6月26日まで使用された。
山手線は“緑の電車”というイメージを確立された車両で、
それ以降、山手線のラインカラーとしてウグイス色は定着した。

※東京駅に停車中の205系
※撮影日時 2001/05/19 16:12:39
205系は国鉄末期の1985年3月25日に登場、
国鉄分割民営化後も新造が続いた、
国鉄とJRの橋渡し的な位置づけの通勤形電車である。
中間のサハ204は片側6扉車を連結し、通勤通学時間帯には、
椅子が収納されて全員が立って乗車することになる。
ドアの数と合わせて混雑緩和を目指して造られた。
ただ、あまり評判が良くなかったことや、
ホームドア設置に阻害になることなどから、
209系も含めて現在では全車廃車になっている。
鋼鉄製の103系からアルミニウム車体になり、
ラインカラーは前面、側面の一部に入るのみとなった。

※上野駅に停車中のE231系500番台
※撮影日時 2003/08/10 12:59:37
E231系は中央・総武緩行線に初投入された車両で、
それまでの通勤形、近郊形の分類ではなく、
一般型として両方に対応する系列として開発された。
山手線用の500番台はデジタルATC対応として、
2002年4月21日より営業運転が開始された。
アルミニウム車体採用で、2005年4月17日までに、
205系を置き換え、余剰になった205系は、
短編成化や中間車両に新造の運転席を接合するなどして、
他線区の経年車両の置き換えに充当された。

※東京駅に停車中のE235系
※撮影日時 2023/10/08 7:39:09
2015年11月30日から投入が開始された最新車両で、
2020年1月20日でE231系500番台を置き換えた。
車内はデジタルサイネージが採用され、
テレビCMが字幕入りで映されたり、
短い番組などもあり、車内のひとときの息抜きになる。
余剰のE231系500番台はカナリア色に変更され、
中央・総武緩行線に転籍した。
山手線の“お古”が転用されるのは101系に続いて2度目である。
山手線E231系500番台は11両編成で、
転籍先の中央・総武緩行線は10両編成のため、
10号車のサハE231-4600番台を抜いて10両編成にして転籍、
サハE231-4600番台はサハE235-4600番台に改造の上、
E235系新造車に組み込まれた。
品川「品川ひおき」
2026-06-09
テーマ:飲食店
2025年9月23日火曜日秋分の日、都区内パスを使い、
山手線と中央・総武緩行線の駅取材を行った。
この企画切符は東京23区内で有効な切符で、
発売も有効区間内のみの発売になる。
そこで総武緩行線で新小岩まで行き、
ここで駅取材して総武快速線に乗り換え、
直通する横須賀線で品川まで行く。
ここで山手線に乗り換えて駅取材をするのだが、
乗り換えの前に駅構内で朝食を喰うことにしていた。

本当は別の店を予定していたのだが、
その店に行く途中にこの立て看板を見つけ、
急遽ここに入ることにした。

入店して席に案内され、
テーブルの上にあったメニューにも同じものが書かれていた。
豚汁定食 700円
焼き鮭定食 800円
モーニングカレー 600円
この中でやっぱり豚汁が目を引く。

具だくさん豚汁に焼き海苔、ご飯、お新香が付く。
熱い豚汁で眠っていた内臓も目を醒ました。
五反田「Hot Spoon 五反田店」
2026-06-10
テーマ:飲食店
都区内きっぷを使い、2025年9月23日秋分の日に、
山手線と中央・総武緩行線の駅取材に出掛けた。
Suica使用で総武緩行線の新小岩に行き駅取材、
ここで切符を購入し、総武快速線で品川に出て、
ここで朝食を喰ってから中央・総武緩行線で駅取材を開始、
新宿、荻窪、西荻窪、四谷、御茶ノ水と取材し、
秋葉原で再び山手線に乗り換え、五反田までやってきた。
ここでは駅取材も予定していたが、
事前に調べておいたとんかつ専門店で、
昼食を喰うことにしていたのだ。
しかしここで重度の方向音痴が発動し、
自薦に地図をプリントアウトして持参したにもかかわらず、
予定していた店にはたどり着けなかった。
駅の東西を彷徨する中で、黄色い看板が目に入った。

近づいてみると、スプーンのオブジェに、
「牛すじ煮込みカレー」と大きく書かれている。
立て看板にはテイクアウトメニューが紹介されていた。
そこで予定を変更してこの店に入店することにした。

インド系の外国人が店員の店で、
芽にUの中からスタンダードの、
8時間煮込み牛すじ煮込みカレーを注文することにした。

ライスは白米か十穀米が選べ、白米をチョイス、
ライスの量は大盛、辛さは辛口にした。

注文して約5分でカレーが提供される。
結構辛くて汗だくになったが、
それでも本格的なスパイス系のインドカレーを堪能できた。
品川「格安ビールと鉄鍋餃子3・6・5酒場品川店」
2026-06-11
テーマ:飲食店
2025年9月23日秋分の日に、
都区内パスというその名の通り東京23区内有効の企画切符で、
山手線と中央・総武緩行線の駅取材に出掛けた。
総武緩行線新小岩までSuicaで移動して駅取材、
ここで都区内きっぷを購入して総武快速線で品川に出る。
ここで朝食を喰ってから山手線外回りで新宿まで出て、
新宿、荻窪、西荻窪、四谷、御茶ノ水と取材し、
秋葉原で再び山手線に乗り換え、五反田で昼食、
午後から山手線・内回りで高輪ゲートウェイ、
浜松町、新橋、御徒町、上野、日暮里と駅取材、上野経由で品川まで戻る。
品川で夕食代わりに入店したのが事前に調べておいた、
「格安ビールと鉄鍋餃子3・6・5酒場品川店」である。
ここは小田急の駅取材した時にも藤沢店に、
また地元の千葉駅前店にも入店したことがあり、
ここが3ヶ所目である。

この店の最大のウリは生ビールが199円(税込218円)である。
アサヒスーパードライの中ジョッキがこの値段は破格である。
店名にも“格安ビール”と謳っている。

もうひとつの看板メニューは“鉄鍋餃子”で、
パリパリ鉄鍋餃子は1人前550円、2人前1,100円、
チーズ鉄鍋餃子は1人前700円で、
ともにごはんセットもある。
今回はパリパリ鉄鍋餃子1人前を注文した。
餃子とビールは最強バディである。

今回初めて発注してみたのが渋谷焼きそば659円である。
この3・6・5酒場は渋谷発祥らしく、
メニューには「『ハチ公ソース』は昭和21年の、
発売当初から守り続けたこだわりの味。」と書かれていた。
生ビールは2回おかわりしたが、
それでも税込計は1,983円で、2,000円でおつりが来た。
正確にはSuicaで払ったので、おつりはなかったが・・・。
※参考:格安ビールと鉄鍋餃子3・6・5酒場公式ホームページ
https://www.365sakaba.jp/
9月24日水曜日_晩酌
2026-06-12
テーマ:食べ物、飲み物
2025年9月24日水曜日、晴れ、出勤停止中、
19:33発の総武緩行線で津田沼に出て、
「スシロー・モリシア津田沼店」で、
日中に発注した寿司を受け取る。

この日の夕食兼晩酌はこの寿司で日本酒を呑む。

購入した寿司はセットと単品で、
セットはスシローセット10種700円である。
内容はまぐろ、びん長まぐろ、えび、いか、
甘えび、焼とろサーモン、煮あなご、
たまご、軍艦ねぎまぐろである。
通常セットにある活〆はまちは品切れ中で、
代わりに特ネタ中とろを選択した。

単品は大切り厳選まぐろ食べ比べ130円と、
サーモン・たまご130円。

別容器でえび天にぎり150円×2。

更に別容器で炙りサーモン・バジルチーズ150円。
計1,410円、アンケートクーポン適用50円、
割引適用後の計は1,360円だった。

用意した日本酒は「大吟醸 京都 匠」で、
京都府京都市伏見区の京姫酒造の商品である。
アルコール分15度、精米歩合50%で、
山田錦米100%使用である。

好きな寿司ばかりで京都の大吟醸を愉しんだ。
※参考・:あきんどスシロー公式ホームページ https://www.akindo-sushiro.co.jp/
東船橋「大衆食堂定食のまる大・東船橋店」のレモンペッパーチキングリル
2026-06-13
テーマ:食べ物、飲み物
2025年9月25日木曜日、晴れ、
11:11発の総武緩行線で東船橋に出て鹿島貨物を狙う。
ダイヤが乱れ、下り千葉行きと被るが、何とか撮影が出来た。
牽引機EF210形120号機だった。
そのあと「大衆食堂定食のまる大・東船橋店」で昼食を喰う。

タブレットからの発注方式で、
曜日限定の木曜日のレモンペッパーチキングリルを注文する。

レモンペッパーのチキンはご飯が進む。
ご飯、味噌汁、お新香で980円だった。
亀山「ゑびすや・亀山店」
2026-06-23
テーマ:飲食店
2025年9月27日土曜日、
JR東海の企画切符、名古屋おでかけきっぷを使い、
日帰りで関西本線名古屋地区の駅取材に出掛けた。
東海道新幹線「のぞみ1号」で名古屋に出て、
スマホで購入しておいたきっぷを駅の窓口で発券し、
午前中は南四日市、河原田、加佐登で駅取材、
更に時間を工夫して予定になかった河曲と、
午後の予定だった井田川を前倒し取材した。
そして予定より1時間遅れで亀山に到着し、
事前にネットで調べておいた「ゑびすや 亀山店」で昼食を喰った。

ここはファッションセンターしまむらの路面店である、
亀山店の敷地内にある。

ここは荻窪ラーメンの系統の店のようで、
基本的なラーメンは、
おぎくぼラーメン836円(税込920円)
醤油ラーメン791円(税込870円)
ゑびすラーメン800円(税込880円)
の3種類があるようだ。

更に「お昼限定セットメニュー」として、
チャーハンセット/チャーハン+ラーメン
餃子セット/餃子+ライス+ラーメン
から揚セット/から揚+ライス+ラーメン
があり、3種類のラーメンから選ぶことができる。
そこで餃子セットを注文することにして、
ラーメンはゑびすラーメンをチョイスした。
価格はラーメンに応じて変わるのだが、
ゑびすラーメンの餃子セットは1,310円だった。

店内はほぼ満席に近く、
あとから来た客は席に着けずに待たされていた。
そのため10分くらい待たされて、
まずはゑびすラーメンが提供される。
公式ホームページのメニューには、
ブレンドしたスープのコクと
豚の背脂の甘味が合わさった自信作。
見た目ほどクドくなく
女性や年配の方にもおすすめ。
と書かれていた。

少ししてライスが提供。

そして最後に餃子が提供された。
一口サイズの餃子が11個載っていた。
※引用・参考:ゑびすや公式ホームページ https://www.r-ebisuya.co.jp/
名古屋「みそかつ双葉・名駅エスカ地下街店」
2026-06-24
テーマ:飲食店
2025年9月27日土曜日、名古屋おでかけきっぷを使い、
関西本線名古屋地区の駅取材に出掛けた。
東京06:00発の「のぞみ1号」で名古屋まで行き、
午前中に南四日市、河原田、加佐登、河曲、井田川を取材、
終点の亀山のラーメン店で昼食を喰い、
午後は四日市乗り換えで富田浜、朝日と取材して名古屋に戻る。
帰りの新幹線に乗る前に夕食で立ち寄ったのが、
「みそかつ双葉・名駅エスカ地下街店」である。
ここは先週、名古屋おでかけきっぷで、
高山本線と高山本線の取材をして、
帰り、夕食としてエスカ地下街にある、
「矢場とん」でわらじとんかつを喰ったのだが、
その時偶然見つけたのがこの店だった。
今回より少し時間が早く、まだ開店していなかった。

昼食でラーメン、餃子、ライスを喰ってしまったので、
それほど腹が減っていた訳ではないが、
名古屋に来たならどうしても味噌カツは食べたい。
そこでメニューの中から、“名古屋名物”の、
みそカツ定食1,700円を注文した。
メニューにも“一番人気”と書かれていた。

約10分で味噌カツ定食が提供された。
関西本線で17:00に名古屋に到着し、入店したため、
まだ開店早々でほかに客もなく、カツを揚げてもこの時間だ。
八丁味噌をベースとしたみそだれの掛かった豚カツは、
やっはり美味しいし、名古屋に来たと感じる。
ご飯、赤だしの味噌汁、沢庵のお新香、更に麺もつく。
9月29日月曜日_晩酌
2026-06-25
テーマ:食べ物、飲み物
2025年9月29日月曜日、薄曇り、出勤停止中、
19:33発の総武緩行線で津田沼に出て、
「スシロー・モリシア津田沼店」で、
日中に発注した寿司を受け取る。
帰り、土砂降りの雨だった。

今回は単品のみで、厳選まぐろ赤身130円、
軍艦ねぎまぐろ130円、サーモン・焼とろサーモン130円、
たまご130円、活〆かんぱち190円、えび・いか130円。

別容器でえび天にぎり150円×3、割引適用前計1,290円、
アンケートクーポン適用50円、割引適用後計1,240円など。

用意した日本酒は「吟醸辛口 梅一輪」である。
千葉県山武市の梅一輪酒造の商品で、
アルコール分15度、千葉県九十九里産米使用、
精米歩合は麹米50%、掛米60%である。

好きな寿司をつまみに千葉県九十九里の地酒を愉しんだ。
10月4日土曜日_晩酌
2026-06-26
テーマ:食べ物、飲み物
2025年10月4日土曜日、曇り、時々小雨、
21:04発の総武緩行線で津田沼に出て、
「スシロー・モリシア津田沼店」で、
日中に発注した寿司を受け取る。

今回も発注したのは単品のみで、
サーモン+焼とろサーモン130円、たまご130円、
本鮪中とろ130円×2、活〆はまち170円×2、
厳選まぐろ赤身・煮切り醤油漬け190円。

別容器で2つに分かれてえび天にぎり150×4、
計1,650円、アンケートクーポン適用50円、
割引適用後計1,600円など。

用意した日本酒は「鳴門鯛・純米超辛口」で、
徳島県鳴門市の本家松浦酒造場の商品である。
アルコール分15度、精米歩合70%である。

好きな寿司で、超辛口の日本酒を愉しんだ。
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